本文へスキップ

石井長慶著「みかえへりの松 伐採記」

電話でのお問い合わせは048-578-7460

お問い合わせはこちら

石井長慶著 みかえへりの松 伐採記

みかへりの松 伐採記〜その2〜 


二十七日、伐採の予定日は雨だった。
1日延期されて二十八日の朝が来た。
深谷に忠度桜の会というのがあり、依頼されて感謝状を書いたことがある。
世話人代表の市議、飯野宏氏が引き取りに見えた折、みかへりの松・伐採の話をしたところ、大いに共鳴され、市の関係者に働きかけてくれたそうだ。
二十八日の朝九時頃、現場から伐採の準備中だと電話があり、私もすぐに現場にとんでいった。

レッカー車が空に向かってクレーンを高く伸ばし、伐採の準備が進められていた。
梢から1米位下った位置にバンドが巻かれ、クレーンの先端から下ったワイヤーのフックが掛けられている。
地上から九米程の位置に、レッカー車の作業用バケットが据えられ、中に作業員二人、大きなチェンソーを抱えて伐る準備。
国道脇には、運搬用の大型トラックが待機している。
国交省の担当者や作業員が十数人、せわしく動いていた。
私は監督さんらしき人(後に菊地さんと判った)に、急いでお願いしてみた。
これこれしかじか、所長さんから不可のお電話をいただきましたが、今、ここで現場の状況にふれ、どうしてもあきらめきれないので、お願いするのですが、たとえ一片でも払い下げていただく訳にはいくまいか・・・

私のかようしかじか、と、くどい話を静かに聞いていた監督さん(菊地さん)は
「わかりました。若し良い所があったら、あげましょう。但し、公には焼却命令処分と云う事になっているので、石井さんに払い下げます。ですが、運搬や腐った部分の焼却処分はどうするのですか。」
「はい、運搬は十トンのレッカー車をすぐそこにまたしてあります。製材・消毒・焼却は、私が責任を以って処理いたします。」
「いいでしょ。」
私はうれしくなった。

全丈十三米の輪を約四米に三分して伐るそうだ。
二人の作業員の抱えたチェンソーが三百有余年、生きてきた、みかへりの松の幹に喰い込んだ。
身を切られるような瞬間だった。
チェンソーの切り屑が空高く水平に飛んだ。
白いー。大丈夫だ。腐っていない。
「大丈夫ですね。」
「そうですね。」
菊地さんも明るい表情だった。
私は菊地さんに云った。
「板として使えそうですから、私個人が払い下げていただくと云うのではなく、やはり深谷市へと云う形にしていただきます。」
菊地さんはうなづいた。
私は現場に立ち会って居た深谷市教育委員会の澤出課長さんに、その旨を伝えた。
澤出さんは
「運搬や製材の費用はどうするんですか?」
私は
「費用は大丈夫です。三十五万円位ですから、私が持ちます。」
澤出さんは
「市長に話してみます・・」
一旦市役所に戻った澤出さんは、一時間ほどして帰ってきた。
「市長から、そのようにOKが出ました。費用はこれから予算を組むのは不可能ですから、今年の教育委員会の予算の残りを、当てることにします。
「市で払い下げを受けると云うことになったからは、費用を石井さんに出させる訳には、いきませんから・・・・。」

三分の一の最上部が伐られ、クレーンで地上に横倒しに降ろされた。
中の部分も伐り降ろされた。
そして最下部が地面から十糎(センチ)ぐらいのところで、チェンソーで周囲が切り込まれ、巻きつけたロープでクレーンが吊り上げた。
ぴしぴしと大きな音を立て、幹の本体が空に浮き、胴の中から腐った土泥が、切株の上に吐き出され山を成した。
胴体の中身は殆どが空洞に見えた。
この部分にドリルで孔を穿ち、診断した樹木医の判定報告は、確かに絶望的なものであったのである。
最下部の本体幹のみを、国交省手配のトラックに積み、中、上部二本の幹を、私が手配した中材木材さんの十トン車積み込み、そのまま前橋の製材所へ搬送した。
荷台の上の二本の切り口が、三〇〇余年の年輪を見せて輝いていた。


みかえりの松
みかえりの松
みかえりの松